Name Change Demo

赤い薊が咲くころに

作:とーれ

 満月が空を独り占めしている夜。時計の短針はまるで夜空を指すかのように真っ直ぐ上を向いている ことだろう。この時間に血の匂いを纏わせる日もあれば、今日のように己の香水の匂いしかしない日も ある。
 喧騒を避けるように歩きなれた裏道を歩く。風に乗って車の走行音や酔っ払いの独り言が聞こえてくる。夜の静寂しじまの中でそれ以上に気になる音があった。
 背後から一定の距離を置いて聞こえる足音。音に気付いたのは3日ほど前だろうか。裏社会に身を置いている鬼嶋朴壱きじまほういちなら、その正体が素人のそれであると容易に気付いた。昨日までは適当に撒いていたが、あまり続くようなら考え物だ。何が目的なのかは知らないが“分からせる”必要があるな、とぼんやり考える。
 足を止め振り返る。どうやら隠れる気は無いようで、堂々とした佇まいで人影があった。
 月明かりに照らされその正体はよく見える。1人の少女だ。10代後半程だろうか。少女は鬼嶋を忌々しく睨みつけている。
「あんた……名前は……」
 冷静に見えて震えた声で名前を聞いてくる。いや、聞いているというより確認と言った方がいいだろう。
鬼嶋朴壱だ。人の名を尋ねるなら自分も名乗ったらどうだ」
 答えたところで問題ないだろう。覚えのない少女の名を尋ねるが、少女は名乗るつもりはないらしく、わなわなと体を震わせている。
きじま……ほういち……あんたが……!」
 この世の憎悪を煮詰めたような声色を絞り出しながら、少女がすうっと腕を上げる。その手に持つ物は鬼嶋にとって見慣れたもの、拳銃だった。銃口は一直線に鬼嶋を向いている。
「鬼嶋朴壱……あんたを、殺しに来た」
 突然銃口を向けられる心当たりは殺した人の数だけある。ならば、彼女は恐らく過去鬼嶋が手にかけた誰かの敵討ちだろうか。
 昔のことか、最近のことか、一番近い心当たりと言えば。
 そう思考を巡らせていると、発砲音が響いた。